記事情報 🛎️
独創性・確信度・効力は
自己評価です。
(違和感は評価というより感覚)
執筆時期・更新履歴 🛎️
更新履歴は,
重要だと思う変更のみ
記します。
- 2024/08下旬
家事と子育てに関する記述を追加。⏬ - 2023/07下旬 初稿公開
ベーシックインカムについては,
あまり活発に議論されているとは言えない
ベーシックインカムとは,国民全員に対して
定期的に一定額の現金を給付し,
生活の足しにしてもらうという制度です。
貧困層にとっては命綱になりうる制度ですから,
良し悪しはともかくとして
もっと活発に議論されてもよいと思うのですが,
現時点ではあまり話題になっていないように感じられます。
経済学的に正当性を欠くと
判断する専門家が多いのでしょうか。
ちなみに筆者は,ベーシックインカムに対して,
基本的に支持の立場です。
最善ではないにしろ,
現代経済の過大な格差を緩和する上で
有効であると考えるためです。
この記事では,ベーシックインカムの正当性について
考えていきたいと思います。
結論を先に知りたい方へ
この記事の主張を先に確認したい方は,
次の開閉ボックスを開いてください。
この記事で主張すること
- ベーシックインカムは,
現代経済の過大な格差を緩和するのに有効なので,
筆者は支持の立場。 - 資本主義経済を盲信してはいけない。
道徳的には,ビジネスと無関係な社会貢献活動も
金銭的に報われて生活の足しになるのが望ましいが,
資本主義経済は,それを実現できない。 - 自分のための雑事や娯楽活動でさえ,
社会の円滑な運営や活力の増大に
一役買っている。 - 生きて存在すること自体にも価値はある。
- 上に挙げた存在や活動の価値に対して,
ある程度の基本手当を与えるのは,
むしろ自然なことではないか。 - ベーシックインカムは,
次のような位置付けにするとよさそう。各自が自分の身の回りの雑事を自力でこなしたり,
何らかの活動を通して国の活力の一部になったり,
そもそも国民として
存在してくれることに対する基本手当 - ベーシックインカムの導入によって
労働意欲が下がるとの指摘もあるが,
人の善意にもっと期待してもよいと思う。🛎️ 今でも,金銭的利益と関係なく
有意義な活動をしている人は多数います。
ベーシックインカムの導入は
そのような活動を促進するので,
社会の活力をさらに増大させる可能性も
大いにあると思います。
それでは,本論に入ります。
豊かな生活ができるための条件(現行ルール)
社会への貢献度とはあまり関係がない
現行の資本主義経済のルールでは,
物やサービスを消費する権利を多く獲得できるのは,
お金の奪い合いに勝利した人 です。
社会への貢献度が高かった人や,
そのために努力した人ではありません。
よく調べれば,金銭的に裕福な人は,
社会への貢献度が高い傾向があるかもしれませんが,
その傾向から外れる人が多数いることは
異論のないところでしょう。
- 低品質な商品を言葉巧みにたくさん売った人。
- マネーゲームに大勝した人。
- 迷惑動画を投稿して視聴回数を大量に稼いだ人。
- 多くの人に多くのお金を出させた挙げ句,
法の網をくぐり抜けて逃げた人。
明確な犯罪行為を除いても,
枚挙に暇がありません。
狡猾な人間が贅沢な暮らしをするのを,
現行の経済は許してしまっています。
資本主義経済への盲信は捨てるべき
一方で,清く正しく働いて,
結果として高収入を得ている人は,
自分が正当に稼いだお金なのだから,
基本的に自分が使うのが正しい
と思いがちだと思います。
それゆえ,収入が十分でない人に
物やサービスの消費の権利を分け与える
ベーシックインカムに対して抵抗感を示すわけです。
気持ちは分からないでもないのですが,
その感覚から卒業していただきたいのです。
突っ込みどころは複数思い浮かぶのですが,
ここでは1つだけ指摘することにします。
社会への貢献度の高い活動を無報酬で行っている人は,
この世にたくさんいます。
しかし,それをお金儲けに繋げていなければ,
生活の足しにはなりません。
それが生活の足しにならないことは,正しいですか?
お金儲けに繋げるのが正義ですか?
資本主義経済の正義に反しているのだから,
その人たちは清貧に甘んじても仕方ないですか?
道徳的な観点では,無報酬で行っていることでも,
社会に貢献している活動は,
生活の足しになるのが望ましいはずです。
しかし,資本主義経済のルールは,
それが実現できるようにはなっていません。
我々はまず,資本主義経済への盲信を
捨てなければなりません。
すなわち,
- 正当とされる経済活動で稼いだお金は,
全て当人が使えるのが当然である。 - 資本主義経済・市場経済に任せていれば,
物やサービスを消費する権利は
大体適切に分配される。
のような考えは捨てる必要があります。
もっとも,資本主義経済の理不尽さを
適切に是正する手段は
残念ながら思いついていませんが,
多少なりとも緩和する方法があるなら,
導入を検討したいところです。
お金を稼ぐ活動だけに価値があるわけでは
断じてない
自分のための雑事も立派な仕事
先ほど,社会に貢献する活動が
生活の足しになるのが望ましいと書きましたが,
それは必ずしも,他人のためになる活動に限りません。
自分の生活のための活動を
含めてもよいと思うのです。
人がまともな生活を送るためには,
様々な活動を行う必要があります。
- 自分の食事を用意する。
- 洗顔や入浴で自身を清潔に保つ。
- 洗濯や掃除などにより自宅を管理する。
- 日用品を買い集める。
- ゴミを適切に処分する。
……まだまだ無数にありますね。
これらは,基本的には自分のために行う活動ですが,
社会全体の営みを維持するのに有用かと言われれば,
当然有用です。
仮に,健康でありながらそれさえも行わず,
全てを他人任せにするような人がいたとしたら,
他人にとって大変な負担です。
それと比較すると明らかに,
自分で自分の身の回りの雑事をこなす人は,
社会全体の営みを維持するのに有用な活動の一端を
担っていると言えます。
自分のための雑事は,
お金稼ぎに結びつきこそしないものの,
立派な仕事なのです。🛎️
活動の受益者が自分であるという要素は
考慮すべきではありますけれども。
家事や子育ても立派な仕事
自分のための活動が社会にとって有用だと述べましたが,
家族のための活動も同様です。
すなわち,家事や子育てですね。
これらもまた,社会にとって極めて有用でありながら,
無報酬が当然とされている活動です。
前述した「自分のための雑事」に比べると,
こちらの方が,無報酬なのは確かに変だと
感じられる人が多いかもしれませんね。
主婦の方は,よく「家事に対する報酬を誰か払ってほしい」と
思うらしいですから。
社会にとって有用な活動の量
そこで考えたいのは,
「社会にとって有用な活動の総量」
というイメージです。
そこに含まれる活動としてまず思い浮かぶのは,
仕事やボランティア等の,
他者あるいは社会のためになるような活動ですが,
それだけにとどまりません。
既に述べたように,
各自が自分の身の回りの雑事を行うことも,
国民全員分を合わせれば相当な活動量であり,
社会の円滑な運営に大いに寄与しています。
また,ただ楽しみのために遊ぶという行動でさえ,
社会の活力を高めることに寄与しています。
- スポーツ観戦をして,
知り合いとその話題で盛り上がる。 - ネットゲームで遊ぶことで,
そのゲーム内の賑わいの一部になる。 - 外食をして料理の写真をネットに上げるという形で,
ネット情報を1つ提供する。
そのような活動も,国民全員分を合わせれば,
相当な価値になります。
ですから,仮に,
他者が生産・提供した物やサービスを消費しつつ,
自身の身の回りのことだけをこなして
生活している人であっても,
社会にとって有用な活動全体のうち,
一部を担っていると言えるわけです。
そのように考えると,おそらくは例外なく全ての人が,
多かれ少なかれ,社会にとって有用な活動を
行っていると言って差し支えないでしょう。
このように,有用な活動の一部を担っていながら,
それに対する対価が一切支払われないのはどうなのか,
むしろ疑問に思えてこないでしょうか。
- 人の行いには全て価値があるなどと
ひとまとめに肯定するほど,
筆者の心は広くありません。
犯罪行為や迷惑行為まで
肯定しているわけではないことを
明記しておきます。 - 人は自分の身の回りのことだけをこなして
生きていればそれで十分だと
主張しているのでもありません。
この記事の後半で改めて触れます。
生きて存在すること自体の価値も加えたい
人は生きているだけでも価値があると言えるのか。
これは,かなり賛否の割れる問題だと思いますが,
筆者は,基本的には,
「人は生きているだけで価値がある」との意見を
支持しています。
例えば,植物状態で動けず,
医療関係者や家族の世話を受けて
生命を維持している人でも,
価値はあるでしょうか。
ありますね。
これは確実にあると確信しています。
植物状態になってしまうことは,
防げるならそれに越したことはありませんが,
実際には不可抗力で,世界中で時折発生します。
そうなった人に対しては,医療関係者や家族等が,
目覚めさせるために様々な工夫をするでしょう。
その中で,成功事例が出てきたり,
容体に関するデータが取れたりすることで,
類似する境遇の人たちに対して
ポジティブな影響を与える可能性があります。
それは,そこに植物状態の人がいなければ,
決して実現しません。
目や耳が不自由な人についても,
似たようなことが言えます。
その人達が,社会生活のどのような場面で
どのような不便を感じるかは,
目や耳が不自由でない人には,
普通は到底分かるものではありません。
実際に不自由な人の意見を拝聴してはじめて,
各施設や社会のバリアフリー化は
実現できるものです。
その意味において,
不自由でない人たちが決して持ちえない価値を
持っているのです。
ここに述べたようなことは,
他の病気や障害でも同様です。
精神的なものも含めてです。
そのような価値に対して,
多少の対価が支払われたとしても,
全くおかしなことではないと思います。
ベーシックインカムの位置付け
上に見たように,自分のための活動でも,
社会にとって有用な活動の一部です。
また,生きて存在するだけとあったとしても,
そこには価値があります。
その活動や存在の価値に対して,
国から手当が支払われるのは,
むしろ自然なことではないでしょうか。
私が政策担当者なら,
ベーシックインカムを導入するにあたり,
各自が自分の身の回りの雑事を自力でこなしたり,
何らかの活動を通して国の活力の一部になったり,
そもそも国民として
存在してくれることに対する基本手当
と位置付けたいです。
理想を言うなら,
個々人の活動の量や質を適切に算定して,
適正な支給額を決めるのが良いのかもしれませんが,
それは不可能な気がします。
しかし,不可能だから何もしないなんてのは下策です。
それなら一定額でもよいから,
国家を構成し活動してくれる国民に対し,
その存在と活動に対する対価として手当を配布するのは,
極めて妥当かつ現実的な選択ではないかと思います。
ベーシックインカムだけで
生活できるようにするのは疑問
もちろん,基本的に自分のための行動だけを行い,
社会に貢献するための活動を
ほとんど行わない人ばかりでは,
社会は成り立ちません。
従って,ベーシックインカムといえども,
全く不自由なく生活できるだけのお金を
全国民に与え続けるのは過剰であろうと
考えています。
国民全員に均一に配布するベーシックインカムとしては,
かなり生活の足しにはなるけれども,
それだけで長期的に生活するのはまず無理という額に
調整するのが良いかと思います。
多くの子どもを生み育てる家庭は別
既に述べた通り,子育ても社会にとって有用な活動です。
現在の日本は少子化に悩んでいるのですからなおさらです。
多くの子どもを生み立派に育てている家庭は,
例外的に国からの給付金だけで
生活できるくらいの制度にしてもよいのでは,
とも思います。
人の善意にもっと期待してもよい
無条件の収入がいくらか保証されていると
労働意欲が下がるとの指摘は,
もしかしたら全体的には正しいかもしれませんが,
そうとは限らないとも思います。
というのも,金銭的な見返りを求めることなく
活動している人も,多数いるからです。
インターネットで,記事や小説,
漫画,ソフトウェア等を,
無料または利益度外視で公開している人。
ネットのニュース記事に,
自分が正しいと信じる内容のコメントを
たびたび付けている人。
災害や戦争が起きた時に,
はるか遠くの地を訪れてまで
ボランティア活動をする人。
スポーツや文化のサークル等で,
無償で指導またはその手伝いをする人。
このように,金銭に結びつけることなく,
誰かのために,何かの役に立とうとする人は
無数にいます。
そのような活動家にとって,
世界中で繰り広げられるお金の奪い合いで
ある程度の勝利を収めることにより
生活費を確保し続けなければならないというのは,
相当面倒な制約です。
お金の制約さえなければ,
自分の思うような活動を
もっと存分にできるのに
と思っている人は,かなり多いに違いありません。
筆者自身もそうです。
そこで,もしもベーシックインカムがあればどうでしょうか。
それによる収入だけで生活費を
完全に賄えるわけではないとしても,
お金の制約は著しく緩和されます。
自分のしたいこと,すべきことに
時間やお金をかけやすくなるでしょう。
優れたスポーツ選手や文化人,
技術者や研究者が多数現れたり,
多くの優れた無料創作物がネットで公開されたりと,
プラスの影響が強く出てくるに違いありません。
その結果,社会の活力が大幅に増大する可能性さえ
大いにあると思います。
財源をどうするかについては,姉妹サイトを参照
ベーシックインカムは所得再分配の一種ですから,
基本的には富裕層の富を削って
貧困層を含む国民全員に配布することになります。
なぜそうするのが妥当なのか,
なぜそれ以外に方法がないと言えるのかについては,
姉妹サイト<世界経済蘇生秘鑰>で詳説しておりますので,
興味を持たれた方はぜひご来訪ください。
- お急ぎの方は,理論の中核部分を解説した 概説ページ がおすすめです。🛎️
短い文書ではありませんが,極めて平易です。
標準的な高校生くらいの知識と読解力でも
すんなり大筋を理解できると思います。
まとめ
改めて,この記事の主張を以下に示します。
この記事で主張したこと
- ベーシックインカムは,
現代経済の過大な格差を緩和するのに有効なので,
筆者は支持の立場。 - 資本主義経済を盲信してはいけない。
道徳的には,ビジネスと無関係な社会貢献活動も
金銭的に報われて生活の足しになるのが望ましいが,
資本主義経済は,それを実現できない。 - 自分のための雑事や娯楽活動でさえ,
社会の円滑な運営や活力の増大に
一役買っている。 - 生きて存在すること自体にも価値はある。
- 上に挙げた存在や活動の価値に対して,
ある程度の基本手当を与えるのは,
むしろ自然なことではないか。 - ベーシックインカムは,
次のような位置付けにするとよさそう。各自が自分の身の回りの雑事を自力でこなしたり,
何らかの活動を通して国の活力の一部になったり,
そもそも国民として
存在してくれることに対する基本手当 - ベーシックインカムの導入によって
労働意欲が下がるとの指摘もあるが,
人の善意にもっと期待してもよいと思う。🛎️ 今でも,金銭的利益と関係なく
有意義な活動をしている人は多数います。
ベーシックインカムの導入は
そのような活動を促進するので,
社会の活力をさらに増大させる可能性も
大いにあると思います。
読者様の思考の助けになる部分が
少しでもあれば幸いです。